政枝敏朗もの語り~ANG創業期を支えた名脇役~

バブル崩壊と倒産を経て、行政書士の資格を取得

社長になって5年後、バブルが崩壊しました。景気が一気に落ち込んで、建設業は大きな影響を受けました。それで、倒産という経験をして……。

自分の思いあがりや、人を見る目がなかったことなど、いろんな反省がありました。一番痛感したのは、自分の勉強不足です。よかった時期は天狗になって自分の力を過信してしまい、経営という勉強を全然しなかった。それまでは、自分の能力と天性の勘で、ずんずん進んで行ったんですよ。何でもできると思う時期がありましたから。時代の流れ一つで、勉強不足もあいまって、会社を倒産させてしまいました。だから、「経営は勉強しなくちゃ進歩がない」ということが、身を持ってわかったんですね。

その後しばらく仕事を休んでいたときに、行政書士の資格を取りました。これからの時代は、倒産も含めて経営の悩みを抱える人がいっぱい出てくる。経験した人にしかわからないことがあるので、そういう人たちのために自分の経験を活かしていこうと。倒産の危機にただオロオロするのではなく、筋道立ててきちんと対応していくことや、守るべき家族とか社員をしっかり守れるようなお手伝いができればいいなと思いました。

悪いことをして困った人は別ですよ。でも、一生懸命やってきたけれど倒産することもあるんです。誰よりも一番、私がその気持ちはわかりますから。倒産を未然に防ぐための勉強、倒産しそうになったらどうするのか、倒産したらどうするのか、倒産の整理はどうするのか。そういうものを教えてやりたいと思ったんです。

ANG立ち上げを脇役として支える

行政書士の資格を活かして、いろんな相談を受けながら弱者を助けていこうと考えていたときに大城社長と出会い、2006年10月にダイワライフへ入社しました。

ダイワライフは投資物件に特化した企業です。不動産は生活産業そのものですから、何をしていても方向さえ間違っていなければ、最後は結果に繋がるものです。強みを活かして、経営の的を絞った大城社長の選択がすばらしかった。その決断が基盤となり、現在のダイワライフをつくりました。社長のやり方が正しかったから、答えが正しく出て業績に繋がったのだと思います。

ANGの準備会が始まったのは、翌年の2月です。ANGの創設は、準備委員会が発足してから一年後の2008年3月。その一年の間に、委員会のメンバーはいろいろ入れ替わって今の顔ぶれになっています。

やっぱり最初は、ANGの理念を伝えることが難しかったですね。「創業を支援するために資金を出す。資金が無くなったら、場合によっては解散でもいいですよ」という大城社長の真意が、なかなか伝わらないんですよ。

私は大城社長と同じ銀行に勤めた経験もありますし、半年ぐらい近くで仕事をしていたので、社長がどれだけ本気か知っていました。ANGの目的は”創業者の支援そのもの”なんです。新規事業として自分たちが収益を得ることではありません。それがわかったとき、「大城社長の純粋な信念を、守ってやらないけん!」と思いました。

もし周りに社長を利用するような人が出てきたり、信念が毒されるようなことがあったら、盾になって守ることが自分の役目だと。どう言ったらいいんでしょうかね、助さん格さんのようにというか、そんな気持ちでANGと関わってきました。

会議ではあまり発言をせず、必要なときに一つ二つ言うようにしていました。私がでしゃばるよりも若い人たちのためになろうと、いつも一歩下がって脇役に徹してきました。

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